きみはいい子

 呉美保監督の映画「きみはいい子」をレンタルで見た。前作の「そこのみにて光輝く」がすばらしい映画だったので次作を期待していたが、今度は原作を読んでからと、今になってみると妙な思い込みでいたものだから上映中にみる機会を逸してしまった。わざわざ北海道は小樽市を舞台に設定してくれていたのに申し訳ない。遅まきながら見ての感想を綴っていこうと思う。ネタバレになってしまうかもしれないけど、そこのところはご了承願いたい。

 

 原作は中脇初枝さんの連作短編小説で5話からなっている。これをどのように映画にするのかなと思っていたが、そのうちの3話を取り上げて並行進行するという構成になっていた。原作自体が登場人物をオーバーラップさせる手法を取っているので自然な流れだと思う。脚本は前作と同じく高田亮さん。繰り返しになるけど、前作であれほど完成度が高い脚本をわずか半月ほどで書き上げたという物凄い人。ちなみに後になってから「婚前特急」も高田さんのものと知った。あの映画は笑った。作品全体に児童虐待が取り上げられている。映像になっているのは尾野真千子さんが演ずる母親についてだけなのだが、さすがに見る方も演じる方も耐え難いものがあるシーンだ。尾野さん、こういう難しい役を引き受けて力演していた。しかし、作品は児童虐待の真実に迫るというものではない。学校の先生、ママ友、近所のお婆さん、さらにその周囲の人達が関わりながら子供を、そしてその親を救っていくという話なのだ。抱きしめる、あるがままに受け入れるといったほんのささやかなことで人は救われていく。人と人が普通に触れ合う、肯定するいう当たり前のことでどれだけ人を前向きの気持ちにすることができるかということを訴えている作品だ。誰かに抱きしめてもらうことという宿題の報告をする小学生たちの姿はちょっとドキュメンタリー風になって、照れながらも抱きしめられた感想を述べる子供たちのシーンは良かった。

 

 キャストには前作に出演した池脇千鶴さんと高橋和也さんがいる。池脇さんは「そこのみにて」の前には「舟を編む」に出演しているのだが、この3作では全く別人。役が違えばそりゃそうだよと思うかもしれないけど、とても同じ人が演じているとは思えないほどの演技だ。とりわけこの映画では原作で描かれているママ友そのままの雰囲気を醸しだしていて驚いた。高橋さんも同様で、どうしても固定されたイメージから離れられない人が多い中でお二人の役者魂は凄いと思う。先生役の高良健吾さんは監督の意向なのか原作のイメージとは少し違うのだが、ひょうひょうとしながらも真摯な姿勢を貫く役を好演していた。

 

 この小説と映画については、映画化に当たっての中脇さんのことばにつきると思う。「世界を救うことはできなくても、まわりのだれかを救うことは、きっと、だれにでもできると思うのです。」そう、素直に受入れること、肯定すること、抱きしめてあげることでできるのだと思う。昔、韓流ドラマがブームになった時、ファンの女性の感想が紹介されていた。ドラマの中で登場人物が誰かに抱きしめられる、それをみていると本当に羨ましい。自分もああされたい、と。お隣の国ではそういうことがごく普通に行われているのかどうかは分らないけど、欧米の習慣だろうとはいわずにこれは恥ずかしがらずに取り入れてもよいのかなと思う。なお、原作では虐待にあって耐え難い生活を救ってくれた隣のお婆さん、どんなに不幸なことがあったとしてもその記憶が自分を救ってくれるという思いのきっかけになった同級生は日本人ではない。そのことの意味を考えている。

 

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