読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大森潤子ヴァイオリン リサイタルを聞いて

 札響ヴァイオリン首席の大森潤子さんのリサイタルがKitara小ホールで開かれた。2006年に札響主席になってからほぼ10年が経つけど、その功績はこのたびのCDの解説の中で前札響正指揮者で東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団常任指揮者の高関さんが札響の第2ヴァイオリン・セクションが性格的で生き生きとした表情を持って演奏すると紹介していることに表われている。その大森さんのデビュー15周年とCD発売を記念してのリサイタルを聞いての感想を書き散らすことに。

 

 前半はモーツァルトト長調K.301とフランクのイ長調ソナタモーツァルトの方はト長調とはいいながらのっけから奏でられるテーマは軽快とか雅とは違った一抹の寂しさを交えたような不思議な旋律で、大森さんは力まず軽やかに始める。やや速めのテンポだろうか、そのこともあってすっきりしたモーツァルトになったような。続くフランクも思い入れを過度に表すことがなく、前のモーツァルトと同じ姿勢だがさすがに4楽章では大森さんらしい感情の解放があって抑えたままでは終わらなかった。

 

 後半はCDに収録された曲で構成されていた。最初はCDと同じくクライスラーの「コレルリの主題による変奏曲」から。覇気が感じられる演奏で、後半にかける意気込みが感じられた。テンポは録音よりわずかに速かったかな。「アヴェ・マリア」を経てパガニーニが。この「ラ・カンパネラ」を聞いているというか見ているとこの作曲家によるヴァイオリンの技巧というのが実感できる。フラジオとか左手の(!)ピッツィカートとか次から次へと難技巧の音楽が続くと一体どうやったら弾けるんだと思うが、それを百人単位の人の前で弾くというのはどれだけ安定的に弾けるかということでもあってただただ感心してしまう。これだけの曲を弾いた後がヴィエニャフスキの「モスクワの思い出」。これも超がつく難技巧の曲だと思うけど、この日の演奏の方が録音より完成度が高かったように聞こえた。技巧の冴えも光っていて、より一層カチッとした印象を受けた。フバイの「そよ風」をタイトルどおり軽やかにまとめた後はいよいよ「ツィガーヌ」となる。この曲は様々な楽想が10分強のこの曲に繰出されるのだがそれを的確に、音色の変化も自在に弾きわけて演奏する。このリサイタルのことを知ったとき、たぶんラストは「ツィガーヌ」だろうなと思っていたが、なんでもラヴェルパガニーニの「24のカプリース」を聞いてこれ以上の難技巧の曲を書こうと思ったとか。後半だけでもとんでもない難曲を弾いてさらにこれを弾くというのはどうなんだろうと思っていたが、この曲になって一段とヒートアップした。物おじせず、曲の昂揚そのままにどんどん弾き進める姿は大森さんらしいと感心しているうちに大詰めになったが、これをものすごいエネルギーで弾いていく。だからといって演奏が乱暴になっているわけでもなくその集中力はどれほどのものかと思った。最後の最後であれだけの演奏をする気迫は凄い。クールにテクニックの切れ味だけを聞かせてくれる奏者が多いのだろうけど、音楽のもつ感情の昂揚というものを含めて演奏する大森さんの姿勢は素晴らしいと思う。

 

f:id:polyphony3:20150925231217j:plain