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尾高さんと札響のマーラー第9

 今月の札響定期は尾高さんの指揮でマーラーの第9交響曲。この曲を実演で聞くのは多分学生時代以来かな。大昔の話になってしまうw。以前、札響事務局のアンケートで演奏希望の曲を問われてことがあったけど、その時にはどうしても札響でマーラーの第9を聞きたくてこの曲をリクエストしたことがあった(もっともパンフレットを見たら1996年と2003年にやっていた。どうして知らずにいたのか分からない!)。去年の今ごろ、今シーズンのプログラムが発表になった時にはやったあと喜んだものだ。その時はまだ尾高さんの去就が発表されていなかっのでこういう形でこの曲に接することになるとは思わなかった。

 

 最近はクラシック音楽でもDVDで映像とともに音楽を聞くことが多くなったようだけど、個人的にはオペラとかバレエというのでなければあまり必要性を感じていない。CDで音楽だけ聞こえてくれば十分だと思っているのだが、今回、こうして実演でこの曲に接するといろいろなことが分かって面白かった。ここはこの楽器が受け持っているんだとか、ここはこの楽器とこの楽器が重なっているんだとか。こんなことはスコア見たり、注意深くCDを聞けば分かることかもしれないが、藤四郎さんとしては感心しきりだった。とりわけ以前対向配置のCDを聞いてこの曲はずいぶんと第2Vnが目立つなと思っていたが、このたび何でここをあえてセカンドでと思うくらい美味しい所をいただいているのを知ったのは驚きだった。

 

 いつも演奏会が終わるとどこそこのセクションが良かったとか、どこのソロが良かったとか感想はあるけど、今回の演奏ではそれを書いていたら全パートを挙げなきゃならない。作曲者は「私の交響曲ではすべての楽器が歌わなければならない」と語ったそうだが、聞いているとというか見ているとこの言葉はとりわけこの曲に当てはまるような気がした。次から次へと主旋律がいろいろなパートに受け継がれていき、その際には別のパートが副旋律を重ねていく。場合によっては一つのフレーズで楽器の途中交代があったりしていやはやよくこういうふうに思いつくよなと感心しきりだったが、オケの皆さん、そこは本当にちゃんと演奏していてこれはこれで名人芸だよなとため息をつかんばかりだった。弦、木管金管、打楽器と全員野球ならぬ全員ソロ(少し大げさか)の演奏はすごかった。

 

 それと今回教えてもらったことがもう一つ。3楽章で4楽章のテーマが先取りで紹介されていてこれが最終楽章への先導役になっていることはすぐに分かるけど、このたびの尾高さんの指揮で単にテーマが出てくるだけではなく3楽章全体を通過して4楽章へと流れていくんだということ。今さら何を、と言われかねないが、でも多分尾高さんはここのところを強調したかったんじゃないかと踏んでいる。これがあって、4楽章の諦観というか彼岸の美というのか生きてくるのだなあと。消え入るように終わる最後の美しかったこと。自然体の音楽が身上だと思っている尾高さんだが、今回は少し違った。随所でマーラー特有の軋むような、皮肉な響きが強調され、指揮ぶりでもはっきり現れていたように思う。指揮者がいつもと違うなら、オケもここ何か月かはビシッと決めて冷たいくらいの印象を持ったけど、ここではけっこう熱を持った響きを聞かせてくれたと思う。何かこの演奏で札響はまた一段実力を上げたような気がする。

 

 来シーズンのプログラムが発表され、今シーズンで音楽監督を辞す尾高さんは10月に今度はブルックナーを振る。これはこれで楽しみだけど、この演奏を聞いたらまたぜひマーラーをとお願いしておこう。ここ何年かで第2、第3、第5だったから今度は何がいいかなと勝手に期待している。

 

f:id:polyphony3:20141025160844j:plainキタラホールからの帰り、中島公園菖蒲池を