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4月28日の札響定期

 夏のジャケットを着込んだのだが、それでも暑く感じる陽気の中、中島公園を通ってKitaraへ。ついこの間の10日に雪どけのぬかるみの中をカメラータさっぽろを聞きに行ったのに、半月ほどで季節が激変している。

 4月の定期はもうすっかり恒例になったエリシュカさんの指揮によるもの。今回はオール・ドヴォルザーク・プロで前半が「スケルツォ・カプリチオーソ」と交響詩「野鳩」。後半が交響曲第9番新世界より」。前半の曲は初めて聞く。実は今日、少し疲れ気味で体調万全とはいかなかった。集中できるかな、という状態だったのだが、なんのなんのおおむね集中して聞くことができた。これも演奏のおかげ。あまり偉そうなことは言えなくて、演奏の善し悪しはちゃんと聞けたかどうかで判断する。最初の「スケルツォ・カプリチオーソ」は少し抑え気味だったと思うが、初体験でも曲の良さを堪能できたと思う。終わった途端にブラヴォーが飛び出した。これはちょっとやり過ぎかな。タイミングも良くなかった。褒めるんでも言うタイミングが悪ければ効果半減なように、間も大事だぞ。

 2曲目はタイトルにすっかり騙された。のどかな音楽を想像していたのだが、テキストは少し陰惨。でも、ドヴォルザークの音楽は過度にどぎつくなることなく物語を描写していく。演奏も節度ある必要にして十分の表現だったのでは。これも初めて聞く曲だったけど、その魅力は十分に伝わってきた。

 休憩の後はいよいよ「新世界より」だ。指揮者登場の前、思わず居住まいを正した。この曲は私のクラシック入門の1曲で、聞き始めるきっかけになった曲。昔々、日本フィルが小澤さんと札幌で公演をした際、TVで広告を流したのだが、その時流れたのが4楽章冒頭のところ。勇壮な金管の音にすっかり心を奪われ、レコード(!)を買ってもらい聞き始めたものだ。今でも音楽がここに来るとそのことを思い出す。でも、さすがに今となっては正直、「新世界かあ」というところがある。(失礼!)来る前は、どうしようエリシュカさんとはいえ、なんとも思わなかったらという心配がないでもなかった。でも、始まってみるとそれは杞憂だった。CDで聞いている演奏よりも少し遅めで、歌い方も少し膨らませたところがあるように感じたけど、あれだけ丁寧に演奏しても音楽が全然淀まない。きれいなんだけど、退屈ということがないんだ。とりわけ2楽章がそうだった。ここは旋律がきれいだと思ってきたけど、楽章全体が美しいと思ったのはこれが初めて。エリシュカさんと札響はすごい。そしてイングリッシュホルンの素晴らしかったこと。(すみません、お名前を存じ上げない。)それと、弦。カルテットのようになるところ、きれいなだけでなく、あの最弱音がここまでしっかり届くホールにも感心した。他にも3楽章ではクラリネットは鳴りだした途端にハッとしたものだ。4楽章でチェロが入るところも良かった。Kitaraではなぜかチェロが表に出るとき、その音がチェロセクション全体を底にしてそのまま上に立ち上り箱になったように聞こえる。暮の第9の時もそういう聞こえ方がしたものだ。


 ということで、終われば万雷の拍手。聞く方も集中力がすごかった。良い演奏だったら、あれだけの人数だけど身じろぎもせずに聞く。全員総立ちというような派手なリアクションはないけど、感動の深さは他の街の人に劣るものではないのでは。鳴り止まぬ拍手にエリシュカさん、なかなか退場できなかったのだが、最後の最後、戻りかけては我々にあいさつしてくれていたのだが、もう退場したものと勘違いした低弦セクションの皆さん、指揮者を置いてさっさと帰ってしまった。まあ、笑い話なのかもしれないが、皆さん全員があまりにも早く引き上げてしまったように思えたのは気のせい?


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